出来ることと仕事は違うかもしれないし、違うでいいのだ。

ご相談内容で、時々いただきます。

色々と勉強されたら「活動しなさい」「お仕事にしなさい」と言われたりしますよね。

そうすると、葛藤や悩みが増えてしまったりもするものです。

わたしはすべきでしょうか?

あまりに周りに言われると、既に自分が行うものでなく、その言ってくれる人のためにしているような、その目を気にしてしまったりなどするおこってはしませんか?

いわゆる、お節介なんですが、、、。

色々と興味があって、お誘いをうけやすい人は自分の才能に出会う機会が増えると思います。

才能というのは、案外と比較、偏差値というような尺度だったりするので

色々な場所に出て、色々な人と出会うと、才能や長所を発見してもらえるものです。

「あれ、この中では私は案外といけている」という冷静な判断も浮かんだりしますし、

周りからも「すごい!!という声ももらえたりするからです。

前の職場やグループでは、当たり前のことが「すごい」「まれなこと」と

捉えてもらえたり。

それは逆に「まだまだ・・・」という失望にも自信喪失という場合もあるのでしょうが、

学ぶ気があれば、いくつになっても成長できるし、学ぶというのがしんどいなという時は、日常の中で取り組めばコツはつかめていけますよね。

そんな時は、プライドはおいて焦らずに。

しかし、才能と時期、運気、タイミングというのはとても密接に関わってくると思います。

ここ数十年のお仕事がお勤めが主流となったので、

何事かをずっと行うことが当たり前と思う傾向があります。

人はその時々に自分の思いと共に仕事を変化させていたものなのです。

自然と終わっていったり。

(というのも戦後の数十年が雇用安定していたので、ずっと同じお仕事でいけた。それが当たり前と思っている)

自由な人は、自分の深いところからの思いと共に

変化していくものです。

外から容赦なく変化を強いられる場合もあります。

内面からのフィットする感覚から行うことになれると、容赦ない変容が内なる感覚の声と馴染んでいるように思える場合もありますよ。

やりたいことも、やってみたらもうどうでもよくなっている事などがたくさんあると思います。

才能豊かというのは、周りからの要請ではなく自分の深いところからの声を聞きながら生きることで変化する姿とも言えます。

比較対象して、他の人よりも上手く行えるということが才能っていうことでも無いのです。

ちょっとした才能を生かして生きることについてですが、

才能を別にいかして生きることをしなくてもいいと思います。

仕事にしなくてもいい。自然に仕事になっていったり、求められて進むことを待つこともあります。

熟成には必要な時期。

その時間を沢山過ごすことを楽しめることも幸せなことだと思います。

好きなことをして生きたいということなら、好きなことをする時間が長ければすでに夢は叶っているのですから。

アストロシャマン・コダマ凛

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アストロシャーマン・コダマ凛
サイキックリーディングを主体として、必要なもの、役立つものを使用し様々なご相談やご希望に沿うリーディング&ヒーリングをおこなっている。

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