ごあいさつ

ブログ

2022-08-18 17:58:00

運勢や未来を知る、その人を知りたい時に役に立つのは占いです。

運勢や未来を知ることを占いという

その人運勢や未来、心の世界を知るためにはいろいろな方法があります。

占い(うらない)とは様々な方法で、人の心の内や運勢や未来など、直接観察することのできないものについて判断、予言することや、その方法をいう。卜占(ぼくせん)や占卜(せんぼく)ともいう。wikipediaより

占いは、大別すると命(めい)・卜(ぼく)・相(そう)の三種類に分かれています。

 

自分を知るための占術は世界にたくさんあり、背後には価値観はあります。

占術にはいろいろな方法があり、私たちの運命を読み取る痕跡のようなものはたくさんあります。

中学生の頃、数学の先生が「この世界は数字で全てを語ることができる」と言っていたことを覚えています。

自分自身の気持ちを数字に換算することをされる方もいらっしゃいますね。

商業、資本主義ですと全てがお金に換算しているような世界があります。

100パーセント好きかどうか?とかいろいろな側面を数値に変換することはできるかもしれません。

占星術では月がどのサイン(星座)にあるかで、その人を知ることができます。

互いがその知識を共有していれば、その人を知らなくてもその星座の傾向の影響下であることを知ります。決めつけられるという方もいらっしゃるでしょうが、年齢を経るごとにその影響下が強くなることは一種の笑い話です。

数秘術は生まれた時の生年月日からその人の生命の力、傾向を読み解きます。

そして名前を数値化することで読み解くのです。

とてもシンプルです。世界観がとてもシンプルです。

ホロスコープですと西洋占星術と呼ばれて、西洋の個人主義となります。

インド占星術ではインド的な価値観がそこには発見できるでしょう。

東洋系の占術はやはり家や家族との関わりから読み解き、その運命的な読み解きにはその価値観が影響していることを見つけることができます。

もちろんその占術を占う人の価値観も加われることでしょう。

生まれた時の星の滞在するサインの影響下にあります。それは悪いことではなく、自分自身がその影響下によって、そのエネルギーを表現する人を選択したと思われることが自由なのだと思います。

生きていると、色々な境遇や関係性からその影響下から外れるときも必要なのです。

そのことによって、自分の枠を広げて、他者を理解することもできます。

しかし、生まれた時の星の配置にあったそのエネルギーを生きることで

人は人生の満足度が高まります。

それは今、生きることでよくないと感じる時代もあるでしょう。

しかし、その凸凹を生きることで私になっていきます。

いろいろな占い、占術の中にある私を発見することはたくさんの私、

誰かの中で、地球上で私がいるのですね。

ご自分を発見してください。思い通りに生きれなかった私も案外とそんなふうに生きる時代だったのかもしれないことも発見できます。

自分を愛する方法を見つけるのが占いなのかと思います。

占いと向かい合うことは哲学を生成する行為だと思います。

私なりの哲学、人生観を見つけること。

自分を育てること。

誰かに世話されるのではなく、自分自身で自分を肯定する行為にもつながると思います。

ご興味があればプライベートレッスンなど行なっています。

複数人でも開催して参ります。

占いは人生の全体像、あなた自身を客観的にみることが出来る智慧です。この地球上でどのような経験を引き寄せようとしているのかがわかります。タロット、占星術、東洋系の占術など多岐にわたる占術の中であなたにぴったりの占いを見つけることも人生を豊かにすることが出来るようになるでしょう。

占いは自分自身を受容し、肯定するための青写真

2022-06-27 14:38:00

家族や先祖のテーマやカルマを越えていく。

 

先祖や家族の課題はどのように人生と関わってくるのでしょうか。様々な個人の人生に影響する身近な人からの影響を見直してみることで、自分を閉ざしている関係性や価値観、考え方の限界が見えてきます。





何気に恋愛やお仕事に関してご相談を持ってセッションに臨んでいただいた中で




オーラやチャクラに先祖やご両親との関係性が浮上してくることはよくあります。家族は遺伝情報的にもですが、家族として共に暮らし、わがごとのように生活を共にしているので自己と他者が曖昧とも言えます。




そして戦士的な要素をお持ちの方だとより家族の課題に対して敏感であり、向かい合おうとしすぎる傾向があられるようです。




もちろん、ご本人でも家族や兄弟との課題が影響しているというように感じていらっしゃる場合もあられます。




家族として共に暮らし、わがごとのように生活を共にしているので自己と他者が曖昧であり、互いが子供、赤ちゃんのように暮らしているとも言えるのではないかと思います。




課題に気づいて取り組んでも、互いの人生が違うのでその違いを認識することは相手を否定するように感じて




お辛い思いをしあうのではないかと思われます。




子供として生まれてきた先がそのような家族の価値を生きていて、その価値に相いれない。理解しづらいということは多いのです。


そして人はまず誰かの子供ですし、その子供であることで家族は連綿と続いているので

その家族の関わりは国家や社会構造を見直さないと大きく変化しづらいぐらいの大きな課題とも言えます。

個人的な話に戻ると、家族のだれかのことを背負ったり、女性はお母さまとの関係の歪みを抱えていらっしゃることも多いですし。
男性ならお父さんとの関係やお父さんが父、権威、男性性を発揮していない場合は、その課題は子供にもやってくることでしょう

しかし、それはそのご本人の課題であって、過剰に両親や家族の課題とすると難しいのかもしれません。それならばいっそ社会の課題としてとらえると




またたくさんの人の課題を解消するという人生の取り組みにもなります。大それたことと思うかもしれませんが、




スピリチュアルというのは皆が共有するアストラルという感情や体験への思いが渦巻く世界といえます。




その影響を受けていない人はいないのですから、私が変われば世界はやはりかわるのですよね。

皆が社会の歪を生きている。自己認識が発達すれば個人の社会との関わり方は自ずと個性的になるのだと思います。

それに対して、父や母を責めることはよいことではないのかもしれません。それや役割モデルに対して依存したり、責任転嫁することにも繋がります。

まずは個人としてのご自分の人生の方向性や価値観を全体的に知っていてほしいなと思います。

家族のことも知ると互いに求めても難しいとうことも明らかになるんですね。過大な期待は手放すことが大事とも言えます

人生はあくまでも自分自身のもので、その人生はどのような環境でいき、誰と生きるかによっても変わってきます。
2022-06-27 13:58:00

身体という神殿を敬うための自然の法則ー月との関連

人の人生は身体の変化につれ従うのみという方もいらっしゃる。

女性は毎月生理もあるし、その身体の変化に振り回されていると感じる方も多いと思います。男性の陰口で女性の機嫌が悪いと「生理なのか?」と揶揄することも言われています。

男性にも実は女性と同じように生理になる上で大事な骨盤の変化があるんですよね。男性もじっくりと自分と向き合って見ると、食欲の波や感情の波はあるのではないでしょうか。

月は毎年13回新月を迎えるー13の数字が意味すること。

12という数字はこの世界のシステムの数。

12を超えた13はそのシステムから飛び出してしまった数。

女性はこの月と共にあり、13という数字と馴染みながらこの世界のシステムから飛び出してしまった生き方となっていくんですね。

システムというのは実は替が効かないといけないものです。誰かしかできないというのは、大変危険なものかもしれません。

実は替が効かないビジネスはそれほど大きくならないと思います。大きくしたら、その方がいなくなった時、そりゃもう大変。もちろん専門職なら関係的に替が効かないということ現象も起こってくることでしょう。それはまた別の話。しかし、やはり短命であるのではないかと思われます。そして、組織としてあえて大きくしないという賢さを持っています。

この生理の痛みを抑え込んで、お仕事をされている方も多いと思います。

痛みというのは痙攣であり、一定の痛み、痙攣が起こることで痛みを手放しているのだそう。

しかし、この痛みを抑えてしまうと実は痛みはどこかにいくのですね。

痛みを感じる自由をくれとも言えますが、痛みはちょっと辛いですよね。

実はお病気の際、自分の身体は社会から飛び出して、自然界の法則の中で生きたいと叫んでいるのかもしれません。身体はそんな仕事や明日どうなるとか案外と関係ない。仕事をなくしたらご飯食べれないよとか、家で暮らせないよとか実はどうでもいいのかもしれません。

もしかして、とてつもなく賢い身体だったら、どこかにあなたをあなたが必要な場所に連れて行ってくれると思います。これにはとても勇気がいりますが、実は人はこれがとっても大事なのだ。

先日、あるお客さんがヒーリングなども受けていただき、自分の声、考えを伝えることをしていただく必要をセッションの中でお伝えしました。そのお客さまのお身体が大変不調を抱えられて、色々な病院も含めて相談にいかれてました。

もうすっかり、自分が社会の価値観、特にお勤めしている会社との関わりが難しいことを心身ともに認めることを身体が叫んでいる。

実はその時に、全く関係ないことと思っていたことが大変ライトボディを脅かしていることをお伝えしたんですね。そうするとスルスルと色んな話や出会いが重なって行かれたようです。(良いタイミングできていただけました)

心の世界の葛藤や辛さは身体に時間をかけて影響していきます。

身体があるから生きている。

自分自身は自分の替がきかないものですからね。
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ハーブティ、アロマなどの働きは本当に馬鹿にできません。私はどちらかというと身体的に生理は辛いことも多かったので、ハーブやアロマに本当に助けられました。

おそらく更年期の期間こそがアロマやハーブなどの植物との出会いが必要ですよ。

じっくりと香りやハーブが身体の中を流れていく時間を大事にしてくださいませ。

その時間、植物が心身共に浸透する時間を大事にしてみてくださいね。

それが自然と共にあるという13の数字でもあると思います。
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私の身体は私の身体を超えて、その空間に広がっている。

 

その空間にあるものを愛しましょう。愛せぬものは処分してもいいかもしれません。

 先ほどお伝えしたように、慣れている。もう受け入れて事なきように暮らしていても、何らかの感情や思いは消えずに粛々と漂って私たちの身体、空間に影響しているのですね。

私たちの体を支えているのはもちろん、身体自身でもあるけれど、守っている、維持しているのは自分の肉体を超えたエネルギー体であると何となく思ってみてください。

その身体の外を服装も大事ですよね。心地よく、私を鏡で移してみたら、色や形によっても変化するような気がしませんか?

あなたの自然と共にあるために月の働き、植物の働き、ハーブやアロマと共にあることは大事です。社会や組織のシステムから外れた中にあるあなたの神殿と共にありましょう。魔女が大事にしていたことはきっとこの自分自身とあろうとする思い。それを恐れる人もいたのでしょう。

 
2022-06-21 15:10:00

自分自身で自分の居場所を作ること。ー夏至を超えて。

夏至を過ぎましたね。

太陽は蟹座サインへと移動しました。

蟹座は仲間意識、家族を表します。ここにいるものたちは皆同じというお母ちゃん的なサインです。同じは嫌だというものは否定されるという意味を含みますので、仲間はずれということも起こります。

自分自身はあまり発達不良な体を持ち、身体は大きいし、それなりに運動神経は良いようだった。センスか。

しかし、身体の骨、関節などがおかしく接合されているところがあって、(きっとそれは皆さんは同じなのでは)

それを無理やり使っているから、ある時にガタがきて、学びが始まりました。

そのがたを使っていたらきっと壊れていたし、ある意味壊れていることに気づきことができました。

できるけど、なんとも言えずに向いてない。

ある意味でその不都合が私の学びや人生の導きになっていったことは確かです。

生まれつきに良い状況に恵まれる訳ではないので、人は自分で自分の使い方を見つけないといけないのだ。

人や環境にその使い方を委ねてしまうのはとても危険。

不都合に気づいてくれる労りの関係なんて、ほとんどありえないと思っていなければいけません。

その場所に居合わせて、仲良くなる。そして気づきの力、労りの力があるものは、その役を引き立てられて、ヘトヘトです。

ちょっと他の人よりも上手くできたらそれなりに評価される。

これって偏差値と一緒ですね。

世間一般の評価というのは相対評価なので、絶対的ではなく、その場と時間を共有している中で評価が行われているので、場所を変えたら評価や自分の位置は変化するんですね。それが蟹座、山羊座ライン。

そして力あるものがその評価を捻じ曲げたり、操作するような事をおこなったり、あなたを不安にするようなことを言えば、一気に支配関係が出来上がります。

そういうもの。愛もそのように形作られてしまう可能性もあることがとても難しいところ。

メロドラマにも一気に進んでしまう。

その評価に自分自身を合わせていくと、なし崩しに相手次第、環境、組織次第になっていきます。

家族や会社などで自分が壊れてしまうのもそういうことでもあります。

自分自身が自分のために、自分があるもので手に入れようとすること、そのために移動する必要、行動が本当に大事です。

ちょっとした勇気。

いま、ご自分で、ご自分の足で生きようとする方々のご相談をいただきます。

誰かを失望させたり、拒否されたらどうしようと思う気持ちがその思いを遠ざけてしまいますが、

自分の心を受け止めてくれない人間関係に、自分の命を預けていることを見直してもいい。

他者の満足に私を縛りつけてはいませんか?

本当の愛は、何もしなくても生きていいという言葉が欲しいものでしょ。

誰かが言ってくれないなら、何もしない自分を自分でよしとする。

自分自身から始めようとすることには皆が恐れをなしてしまいます。

既にあること、評価が定まっていることにより集まっているけれど

どうか、自分自身の力で歩こうとするときに人にはたくさんの恩寵が舞い込んでくるものです。

まず、それは自分を幸せにもしますし、自分が満足できます。本当にそれがとても力になります。

その行為だけでも実は心と身体は大きく変化していくんですよ。

小さいことから本当に自分の思うことを行うことが大きく変化していきます。

自分の居場所を自分で作ること。

与えられていることに満足することから、飛び出るのも自立、頼っても自立。そこに自分自身の思いが有ればそこは自分の居場所。

この頃、ウェブサイトの引っ越しや整理をしています。ずっと自分でウェブサイトを整理して作るのが好きだったんですが、限界を感じました。

もっと自分の中に籠らないで良い趣味を持ちたいし、もっと伝えていくことを簡単にしたいなと思いました。

 

下記にてちょっとずつ更新をして参ります。

 

どうぞよろしかったらご覧くださいね。

https://note.com/kodamarin

2022-06-01 15:31:00

個性化へのプロセスに批判はいらない

 

 





ユングが提唱した提唱した個性化についてのちょっとした解説。個性化とは、生涯続く、人として心の成長のプロセス。人が集合的な価値観から脱して個になっていくプロセスでるとも言われています。社会、家族、時代、宗教などが規定する支配的価値観つまり外的価値観ではなく、自らの内なる、開かれた価値観に基づいて生を歩むプロセスと言われています。



タロット占いや占星術などはあまり興味がないまま大人になりました。
幼い頃は絵や音楽が大好きで、今もそれは変わらない。興味深い画家、作家と出会えば色々調べて図書館に通ったりもしました。

いまは、絵をみるけれど、行ったという経験の方が大事な人が多いのだなと思ったり。

ただ観て終わりではなかったし、やはり作品を作る人たちの人生や考え方に興味があるんですよね。

十代の頃のサブカルチャーが一般の方の投稿で成り立っている雑誌が多かった。雑誌の後ろの読者のお手紙コーナーだけで成り立つ雑誌もあったんですよ。私のホロスコープは月が水瓶座、水星が双子座だから、色々な考えや物事に興味が多くあったのだと思います。いろいろな思想や考えにひかれる。




中学になると、絵よりも音楽です。幼い頃にギターやりたくて買ってもらったものを引っ張り出して弾いたりしてました。だんだんとわたしはベースの音が好きだと気づき、ベースをてにいれました。ギターよりは弾きやすいと感じました。いまから35年ほど前なので、父子家庭のわたしは、あまりクラブ活動などはなかなか出来なかった。なぜかというと、スーパーが夕方5時か6時にしまり、それを見越して帰らねばならなかった。




そのような片親の家庭に育つとやはり力をセーブするようになったり。出来なかったら怒られたりと、家の役割ができてしまう。その中でできることを選ぶようになったのも事実。絵をやったり、音楽をやったりはある程度時間をかけて行うことが大事だから、どうしても後回しにもなっていきました。




人生は理不尽です。(笑)




あの頃はそんな時代だったし、しょうがないわけであります。全く不満もなかったです。それに段々と新しいことにも興味が移っていくのが、人間だからです。ずっと好きなことが一緒という人も稀だし、ホロスコープを読むものとしたら、変わるものですよとお伝えしたい。変わらない人もいるともお伝えしたい。




私自身も、自分がする側になりたいということは無くなりましたが、音楽も絵も読書も大好きですけどね。




私たちは、時代や社会からの価値観を知らぬ間に押し付けられているので、その中で個人個人がやりくりするものである。
あの頃は、組織や家族の一員とはそういうものでしたな時代です。しかし、世の中をみているとヤングケアラー問題や若い人が苦労している。世の中の問題の犠牲的になっているのではないかということも感じます。
一部の家族の問題が、社会の比率的には大きくなっていることが気がかりですよ。
システム、社会の中に暮らしていると、そのシステムに影響されてしまうものです。それが人間が社会的な動物であることでもあると思います。家族や関係性に所属していると感じることは、心身の健康に一役かっていることも大いにあります。家族愛や、会社愛、集団の一員であると感じれることは人を強くもしてくれると思います。

しかし、それでは個性化へのプロセスが始まらない人はいる。家族や組織や繋がりを重要視する価値観のままで生きる人もいると思います。そして、家族関係の不足、不和があり、自分自身の家族を得るために個性化のプロセスが始まる方もいらっしゃると思います。
それは何かが問題ではなく、その方にとって内なる何らかの呼び声が聞こえている。または人生の途上で素敵な方と出会うとか。色々なことが考えられます。家族に問題があっても家族を持たないことでもないし、家族にこだわる人もいてもいい。何かの結果のために原因がなくてもいいのではないか?

この「こうなったのは、○○」には誰かや何か、出来事などが関与しているということになっている。しかし、原因と結果はどちらが先がわからないというのがエネルギーの世界、アカシックレコードの世界なのだ。

因果の世界から解き放たれないと、素直に物事を始められない方は多いのかもしれないと感じる。




才能も一つの原因であり、結果を導いてくれるのだけれど、プロセスが抜け落ちてしまうと、恐らく才能は枯渇するんだな。

才能はやってから見えてくることもあるので、まずはその先に歩んでいかねばならないのだ。それが内なる価値観と出会っていける唯一の手がかりとも言えます。なので成長という見えにくい生き方を価値として生きて行かねばならない。誰が判断してくれるわけでもなく、喜ばれるかもわからない生き方。第一、初速している集団的価値観から背くような価値観かもしれませんし。

そこで、人は自立のみちを歩まざるを得ないのですね。そばで面倒みてもらいながら生きていくのか?まずは自分自信を面倒見れる人になるのか?y

好きなことをしなさいという言葉は一種の呪いとも思うのだけれど、知らぬ間に時間を忘れて没頭することがある人は幸せだと思いますよ。まずは時間を自分のために、自分一人で過ごせるって個性化への道なのかもしれません。しかし、この考えも偏っているでしょ?なぜ、一人で没頭することが素晴らしいというのか?ということで、誰かと過ごす時間をこよなく愛することが大事な人もいるので、好きなことをするという中に人とおしゃべりするとか、他者との関係を加えないと、個人、個人のその方の個性が見えにくいのです。
個性化は一生続く成長のプロセス。
私になるために、個性化への道は続きます。集団的価値観から自分自身の核のような考え方に出会うまでには辛く、苦しい経験もあるかもしれません。しかし、その苦しさから逃げてはいけない。

 

幸福になることでその本心もわかります。

だからこそ、人は留まる必要はないのです。

世界は変化することが唯一の普遍であると言われています。

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